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清風園
成年後見人活動日誌 Part4


〇月〇日

面会に来た私を見つけると、必ず自室に飛んで行かれる I 氏。手には沢山の切り絵を持って走って来られる。そして、壁に貼っといてと。その絵は毎回、うさぎと亀と時計。併せて二つの質問。「〇〇さんはこわい ? 」と「僕、女の子 ? 」である。質問の部分は現役時代と同じフレーズ。私はその都度、「大丈夫、こわくないよ」と、「いいえ、立派な男の子ですよ」と返事をする。私は長い間、どなたにも同じ切り絵と同じ問いかけをされているものと信じ込んでいた。たまたま、他の人と同席した時に違う切り絵を渡されたのを見て、驚いた。聞くと問いかけもそれぞれ人によって決まっているらしい。語彙も沢山獲得されていてコミュニケーションも出来るのに、シャイな性格の為あまり賑やかに周りの人と交流されない静かな I 氏。彼なりに、個別の思いを持って意思表示をされていたのだと今さら乍ら気付かせて頂いた。更にはこの切り絵渡しといくつかの問いかけの中に、「自分の存在」の確認が秘められているのではないだろうかと思い至っている。そして、そこからキャッチした「自己肯定感」で心を温めてエネルギーにしておられるのではと推察している。改めて、毎回、新鮮さを持って彼の貴重なメッセージを受け取ろうと思ったところである。

〇月〇日

先般、県立美術館で開催された、障がい者アート展に行って来た。沢山の人々の個性豊かな力作に見惚れてしまう心地よい時間を過ごさせて頂いた。以前勤めていた四つの施設の懐かしい方々の名前を見つけては、嬉しくて声をあげながらシャッターを押して歩いた。Y 氏や I 氏の作品もあり、それぞれメッセージ性のある個性が光る絵で、心がほのぼのと温もって帰路についた。
今日は毎月の面会日。面会室にその作品が展示してあり、その絵に再会した。二人に会い、アート展の写真を見せてあげると、嬉しそうに見つめておられる表情に光があった。ああ、人にとって、やっぱり自分を認められる事の嬉しさは格別なのだなあと、承認欲求を満たされることの計り知れない意味と価値とを噛みしめた次第であった。園内に留まらず市内の労金大田代理店の文化祭などで展示もして、本人さん方もそれを観に出掛けられたとの事。地域の方々に作品を見て頂ける機会となった事も含め、皆さんがどんなに嬉しかったことだろうと推察している。又、新たな作品と誇らしげな笑顔に出会えるのが楽しみになった。



〇月〇日

面会の前に、スタッフが面会室に案内し、I 氏が作られたビーズののれんを示し、労金に展示しても良いかとの事。どうぞ喜ばれるでしょうと同意する。色を数えて繋ぐ、彼にはちょっと難しい作品であり、まず驚いた。聞くと、同じ活動グループの O 氏との合作によるものとの事。遡ること数か月前のケア会議。シャイで人との交流が苦手な I 氏に、何とか、人との繋がりの持てる活動か、作品作りを見つけて頂けないかと、お願いをしていた。それをスタッフさんが工夫して見つけて下さり、又、I 氏の共同作業の相手には、スタッフが O 氏はどうかと選ばれたらしい。二人ともシャイで賑やかなことは得意ではない方々である。O 氏が指定の色のビーズを見つけて、I 氏に渡し、彼が紐に繋いでいく、たったこれだけの流れの中に、この数か月、二人に通い合ったものの大きさを思い、胸が熱くなった。そして、普段の静かで遠慮がちな I 氏が O 氏の力を借りながら仕上げることで得られたであろう、その達成感は必ず次へのステップに繋がるものと期待したい。私の代弁者としてのお願いを活かして頂いた、スタッフの皆さんの心のこもったご支援に感謝したい。


〇月〇日

訪問すると、まず、にこっと笑顔の N 氏。そして、スタッフの所まで私を誘導し、自分に面会者が来たと言う事をジェスチャーで知らせた上で自室へ。この時の誇らしげで得意な表情については、成年後見人活動日誌 Part2 でふれた。人にとって、「 Onlyone person for me 」が、自己の承認欲求を満たす存在として、人格発達を促す重要な機能も果たしていると気付かされたのであった。最近彼の語彙が増えて来ている事と、滑舌がゆっくりで少しずつだが良くなって、聞き取り易くなっているように感じる。例えば、「あっとう」が「ありあとう」 (ありがとう) と言うように。スタッフさんの本人に寄り添った声掛けのご努力と、1 対 1 での外出で、本人の様々な要求を汲み取り乍らコミュニケーションを取って下さるガイドボランティアさんの存在も大きいと思われる。先日のケア会議では、ガイドボランティアとの外出で、新たに外食を始めてみますとの報告も受けた。現役時代の頃には見落としがちであった彼の意思表現の豊かさに感服し、毎回面会が楽しみである。




付記
あの深い悲しみの事件から、半年が経った。テレビでは、事件の検証、施設関係者の苦悩やご家族の悲しみ、亡くなられた 19 人の方々を偲ぶ、OB さん方からのいのちの讃歌等々、様々な特集が組まれている。辛さが思い起こされるが、目も耳も塞いではならずと、なるべく観るようにした。そして、かけがえのない命を輝かせて生きておられた日々の暮らしがあった事に胸をしめつけられた。又、一方そこで必ず出てくる言葉が、優生思想の怖さである。私も沢山の方々と日々を共にした。そこには、日々の中で共に歩んだからこそ受け取った、それぞれの輝く命のメッセージがある。どんなに重い障害をお持ちの方も個別の意思を胸に秘めていらっしゃる。それを想像力を駆使して汲み取り、共感力と創造力を磨き乍らその人生に添うのが援助者の道と思って来た。文字通り、「? と ! 」を駆使して。これは成年後見人の責務も同じである。敢えてもう一度言わせて頂く。否定されて良い命はひとりとして無い ! このことの語り部として、成年後見人活動日誌 Part3 、Part4 を書かせて頂いた。
記 : 成年後見人 齋藤 礼子



利用者一人ひとりのご意志をキャッチする支え手が、ご家族や施設職員だけであった時代を経て、今日、成年後見人やガイドボランティア、地域の皆様等第三者の方々との連携が深まって来たことを嬉しく思います。
清風園としましても今後共、それぞれの立場でのご協力を頂き乍ら、利用者の皆様の暮らしに寄り添う中で、個別の思いを汲み取り、より良い本人支援を目指して行きたいと思います。

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