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清風園
成年後見人活動日誌 Part3


成年後見人活動日誌を掲載してから早 4 年が経ちました。第三者後見人で元 OB の齋藤礼子さんに現在の心境を日誌にしていただきました。

〇月〇日

関東の某障害者福祉施設で、壮絶且つ陰惨な、あってはならない事件が起きた。驚愕の余り、腰が抜けて立ち上がれない。45 年この道に生きて来て、これ程のショックで愕然とした事は無い。犯行に及んだ人が OB であった事も、ここまで心に闇を抱える人を生み出している今の世の中の厳しく悲しい現実も、深く心に突き刺さった。被害者の方々の苦痛と無念さ、ご家族と施設関係者の方々の御心痛の深さは如何ばかりであったろう。私が出会って来た、多くの方々の顔が浮かんで来た。一人として、その命を否定されて良い人はいない。どんなに重い障がいをお持ちでも、その存在は尊く深くて温かい人格を育んでおられ、私たちに、命の輝きを指し示して下さる方たちである、と私は強く思っている。一人ひとりの命に尊厳があり、個別の意思と輝いて生きているそれぞれの尊い日々がある。そのことを発信する語り部にならなければ。

〇月〇日

Y さん、今日も晴れやかな顔で、お出迎え。鬱屈した心に青空が広がる。Y さん元気を有難う。
スタッフから聞くところによると、最近は友達とトラブルが起きそうになると、さっと自室に戻るか、他のユニットにさらりと逃げ込むかして、自らクールダウンされるとの事。そしてその後落ち着いて元の場所に帰って活動を続けられると言う事である。何と深い人格発達であろう。何かを覚えたり、新しい事が出来る様になるとかも成長と言えるけれど、この彼の、自分の内面と対話しつつ自分の行動を自ら変革している姿は、以前の彼からは想像が出来ない、中々獲得しづらい壁を乗り越えて新たな自分を生きておられる尊く感動的な姿である。おそらくは、彼の承認欲求を満たす、肯定的に寄り添うスタッフさんの支援もあってのことと思う。あらためて、本人の内からの変革は、本人の承認欲求や願いに心を傾け、意思決定を尊重するところから成されていくと言う事を学ばせて頂いた。

〇月〇日

今日は F さんのお墓参り同行の日。実は数年前に一度実現したが、帰園後にハイテンションになられたのが治まらず、幾日か不眠が続いた為、その後は中断していた経過がある。けれども、落ち着いて来られたことでもあるし、後の変調は支えていきましょうとの力強い現場判断で、今年度から再スタートして今日は二度目である。
前回、心うきうき喜んで行かれ、特に情緒面で後へ引くことも無かったので、同行者一同ほっと胸を撫で下ろしたのだが、それ以上に感動したことがあった。数年前は気付かなかった、母の墓石以外の近くにある 2 つの墓石を、たまたま聞いてみるとすらすら名前と命日まで告げられた事である。墓地管理者の行政担当者から、不明墓地の問い合わせを受けていたが、よもや彼女の親族とも思わず、まして彼女がそこまでの理解があるとも思えなかった事をとても申し訳なく反省した。そういう次第で、今日は行政担当者も同行して貰い、改めてお母さんを含めた親族の墓を確認し、お参りをしたのだった。墓地の除草管理をして貰っているシルバー人材センターにも連絡し、合わせて管理をお願いしておいた。数年前の命も危ぶまれる病態から認知機能が落ちてコミュニケーションもままならない状態の中、つい、本人の意思決定の支援を疎かにしていた事を恥じて反省したのだった。

墓参り

〇月〇日

成年後見人は、金銭管理業務の他に、意思決定支援のための本人の代弁機能として身上監護業務も担っている。たとえ認知機能が落ちていても、本人の生きて来られた人生の中でのエピソード記憶が、どこに眠っているか分からない事を F さんは示して下さった。今日も墓参りの日のように晴れやかな表情で迎えて下さった。情緒のアップダウンが見られる日々ではあるが、今日は調子が良いのか言葉のキャッチボールが出来る為、お喋りをする内にひょっこり往年の演歌歌手の名前が登場したので、その人の持ち歌を歌ってみた。歌詞も正しく一緒に歌えたので、思わず幾人かの歌手のいくつかの歌を一緒に思い出しながら歌い、楽しいひと時を過ごした。窓から光が差し込むように、損傷していない脳機能の部分に添ってあげれば、お墓参りや今日の歌の場面のように、F さんの願いや思いがふっと湧き出るのではと思いながら、面会を終えたのである。今度のケア会議では、カラオケに連れて行ってあげて下さいと代弁してみようと思っている。そして、一時は命の危機さえあった彼女をここまで復活させて下さった、あらゆる部署のスタッフの皆さんのチームプレイに改めて感謝である。

〇月〇日

ある日、びっくりする依頼が届いた。F さんと N さんのユニット移動の同意依頼である。障がいのやや重い方々のユニットへの転居であり、重いがゆえに多動で特別の危険配慮をしてあげないといけない方たちもいらっしゃる為に、どうしても夜間やスタッフの希薄な時などには、ドアの施錠が必要なユニットなのである。その為に、移動と拘束の二つの同意を問われたのである。私は後見人として、同意を迷いに迷った。現役時代、当時の職場において夜間の飛び出しケースが何回か続いた後、入口の施錠が決まった時に、虚しさの為の不眠が続き、仕事を辞めようかとまで思いつめたトラウマがあったからである。それほど管理という縛りを恐れていた。何度か話し合いを持った結果、利用者の方々に拘束感を感じさせない程の最低限度の時間に限る事と、他のユニットの方々との交流や外出を最大限努力して頂く事の、二つの条件を併記した同意書を提出した。後見人として呻吟した末の最大限の譲歩であった。
ところが、移動してまもなく経つ内に、私のあれほどの苦悩と心配は杞憂だった事に気付いた。二人に心配していた拘束感による心身両面の変動が少しも見られなかったのである。そして一年が経過。二人はいつ面会に行っても、にこやかな表情で迎えて下さっている。はてさて何故 ?F さんは数年前の重篤な疾病以来、情緒面に大きな変調をきたす様になり、大変細やかな支援を必要として来られた。N さんも元々対人関係の刺激にデリケートな反応を見せ、特別な配慮を必要とされる方である。新たなユニットは、障がいが重いが故にごく少人数のメンバーであり、スタッフの個別支援が行き届く空間なのである。もちろん、以前のユニットでも大勢の支援と言う困難な中での最大限の努力をして頂いたからこそ、今回の移動でも大きな心の変動が見られなかったのだと理解している。後見人としての重責を感じ過ぎた私の杞憂であったが、この度も、本人にとってハード面の空間も重要だが、個別支援の濃さが保障されるソフト面の空間の大切さに思い至る出来事だった。意思や承認欲求を汲み取る個別支援でのご努力と、拘束同意の際にお願いした二つの無理な条件を日々守って下さっている事に感謝である。(成年後見人活動日誌 Part4 へ続く。)

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